こんのはどのようにして『理念経営』を始めたのか⑫(定期発信-Vol.26)
本社をあとにし、「一緒にどうぞ」と声を掛けられ始めたのは、道路のゴミ拾いや公園のトイレ掃除など普通の掃除でした。
ただその普通の掃除、即ち凡事をほんとうに、ほんとうに徹底して行うのです。
さて私にとって最初の壁は公園のトイレ掃除でした。
正直に云います。
アンモニア臭で溢れかえり、汚れ切った便器に顔を近づけることが出来ませんでした。
これを素手で掃除するかと思うと表情がこわばり手も止まりました。
ただ横を見れば、鍵山氏がいつも通りと云った様子で黙々と素手で掃除しています。
それでもまだ私の手は止まったままです。
社長の私がなんでこんなことを…というプライドがまだそこにありました。
すると私の様子に気づいた鍵山氏が云いました。
「大丈夫、大丈夫。紺野さんね、目は憶病でも手には勇気があるからね」
そのとき私の中に電気が走りました。
私は鍵山氏から“掃除に学ぶ”ために来たのではなかったか。
何もしないのなら何のために遥々東京まで来たのか。
そうか。
私はトイレ掃除ひとつも出来ないちっぽけな、社長というプライドにすがる鼻持ちならない人間だったのか。.
すると心の奥で、そうか“掃除に学ぶ”とはこう云うことか。
自分を見直す機会を掃除と云う行為に学ぶのかもしれない、と気づいたのです。
このとき鍵山氏から学んだ感謝の心と謙虚さは、今でも勿論実践しています。
経営者としてというより、まず人として大切な気づきをいただいたことに心から感謝しています。
私が肩書だけでなく精神的にも、経営者として第一歩を踏み出したのはこの瞬間だったのかもしれません。
意を決した私は鍵山氏と同じように便器に顔を突っ込み、一心不乱に掃除を始めました。